2月6日に長野県中野西高等学校で実施された講演会に参加してきた。
新潟は雲も多く快晴の空を見ることはできていなかったが、妙高を通過し長野県に入ると青空が広がっていた。雪も少なく、日本海側との違いを感じた。
阪長友仁さんとの出会いに感謝しつつ、日本での野球を疑いつつ、海外と比較して日本の良さを認識できるようにしたいと思いました。
日本の野球界は少年野球を始まりとしてプロ野球を最高峰にピラミッドが形成されている。しかし、少年野球は少年野球全国大会優勝。中学校は軟式が全中優勝・シニアリーグは全国大会優勝。高校野球は甲子園優勝。社会人は都市対抗野球優勝。このように各世代に勝負しなければいけいない大きな大会が用意させている。
結果、選手の技術育成の前に目先2年後の結果が優先されがちであるという指摘を受けた。
阪長さんの話では、ドミニカでは目先に結果より、指導している選手が将来メジャーリーグで活躍することを見越して各年代で求められる技術を指導していると言っている。
小学生時期はとにかく野球を好きにさせる。
中学生時期は、メジャーリーグの下部組織に加入できるように、基礎基本を指導する。
しかし、口うるさくあれもこれも指導するわけではなく、守備に関しては様々な取り方をする。正面に入って両手で取るという日本的な基礎だけをやることはなく、逆シングルやシングルキャッチだと、とってから回転して投げるなとさまざな動きを教えていた。そして、グラブさばきが柔らかく、とってから投げるまではとても早かった。これはイレギュラーが多いグラウンドで実施しているので柔らかくしておかないと対応できないということ。結果ランナーより早く一塁に投げなければ大前提をもとに守備を定義していると言えると思う。
高校生時期は、メジャーリーグの下部組織に所属して野球の基礎を施設で専門的に学ぶ。
その後は、ルーキーリーグ・1A・2A・3A・メジャーという階段を登って、24・5歳ぐらいでメジャーに上がってくるイメージです。
その過程で行われる試合はすべてリーグ戦方式で、その試合で活躍することや結果を出すことにそこまでこだわっていない。それより、その結果をフィードバックして、いつか自分がメジャーリーグに上がった時に生かそう考え方でしているそうだ。
なので、もちろん体がボロボロになるほど若い時期に追い込むことはないし、投手の投球制限を当たり前のように設けている。
ドミニカの指導者に、日本の野球指導環境を説明すると「選手を壊す気か?」「今すぐやめるべきだ」と言う。これは、間違いないと言うところである。
今回、この公演を聞いて感じたことは、日本野球の独特の文化形成されてきたと言うことであろう。ドミニカは中学生時期にある程度淘汰され、高校生になってから野球ができるのは、ほんの一握りと言うことだろう。しかし、間口の狭いプロの世界に入れない子供たちも、日本には甲子園がある。プロ野球と同等の人気を誇る舞台がある。「プロは無理だけど、甲子園なら出れるかも」と夢を追って何が悪いと再度認識した。
もちろん、指導者は選手に野球を指導しなければいけない。その中で、プロでも通用する選手が存在すれば、壊してはいけないと思わなければいけないだろう。しかし、集団スポーツである以上、チームのために頑張ってもらうことも必要であるし、人間教育の場でもある日本高校野球界では仕方ないのではないかと思っている。
今回の経験が、また自分自身を再任認識する機会になった。